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芥川龍之介関東東京

芥川龍之介『歯車』の舞台、銀座・日本橋を歩く文学紀行

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芥川龍之介『歯車』の実在の舞台を辿る。日比谷の帝国ホテル、銀座通り、そして作中に実名で登場する日本橋の丸善。

夕暮れの銀座通りを北へ歩いてみてほしい。芥川龍之介が『歯車』の語り手に与えた、あの薄気味悪さがきっと感じられるはずだ。何も知らないかのように楽しげに歩く人々が、なぜか語り手を追い詰めていく。

『歯車』の執筆期間は、1927年3月23日から4月7日まで。自ら命を絶つ、その年の7月からわずか数か月前のことだった。

作中の語り手に名前はないが、内容はほとんど芥川自身の実体験そのものである。滞在し続けるホテル、思わぬポスターに動揺する書店、そして視界に幾度も割り込んでくる半透明の歯車――そのどれもが、芥川の最後の日々から直接取られている。

この記事では、物語の中心にある短い徒歩ルートを辿る。芥川がその春に滞在したホテル。不安を募らせながら歩いた通り。そして、幻影が再び彼を襲った書店だ。

その1:帝国ホテル(日比谷)――歯車が初めて現れ、芥川自身の危機が頂点に達した場所

東京都千代田区日比谷にある帝国ホテル東京
写真: Ons / Wikimedia Commons

『歯車』は、語り手が知人の結婚披露宴に間に合わせるため、避暑地から自動車と汽車を乗り継いで東京へ急ぐ場面から始まる。疲れと苛立ちを抱えながらホテルへの最後の道のりを歩いているとき、視界の端に妙なものが見える。半透明の、絶えず回り続ける歯車――物語全体を通して繰り返し現れる幻影の、最初の一つだ。

語り手はホテルに部屋を取り、幾日も精神をすり減らしながら、街への短い外出を挟みつつこの部屋へ戻り続ける――作中では、まさにこの部屋で今読んでいるこの手記を綴っていることになっている。義理の兄が季節外れのレインコートを着たまま、汽車に轢かれて死んだという知らせが届くのも、この部屋でのことだ。

このレインコートは、物語が付け加えた創作の細部だ。当時の新聞報道によれば、実際に発見された義兄が身につけていたのはレインコートではなくオーバーコートだった。芥川の実際の義兄は、その年の1月、放火と保険金詐欺の疑いをかけられた末に汽車に身を投げて亡くなっている――芥川自身が命を絶つ、6か月前の出来事だった。だが「レインコート」という細部そのものは、芥川自身の心が付け加えたものらしい。だからこそ、それが物語の中で幾度も語り手につきまとうのかもしれない。

その春、帝国ホテルが芥川にとって持っていた本当の意味は、フィクション以上のものだった。1927年の4月と5月――ちょうどこの作品を書き上げていたのと同じ時期――彼は妻の友人で秘書役を務めていた平松麻素子と、帝国ホテルで二度にわたって心中を図ろうとしている。いずれも麻素子が思い直して逃げ出し、未遂に終わった。

語り手はホテルの名を明かさないが、これは帝国ホテルだとされている。当時はまだ、フランク・ロイド・ライトが設計した1923年竣工のあの本館だった。その建物は今はもうない。1968年に解体され、印象的な正面玄関部分は解体後、遠く離れた愛知県犬山市の博物館明治村に移築・復元された。それでも帝国ホテルという存在自体は途切れることなく続いており、その後の建物が今も同じ日比谷の地に立ち続けている。日比谷公園の向かいだ。

その2:銀座通り――薄暮の中を歩いた道

銀座四丁目交差点から見た中央通り(銀座の目抜き通り)
写真: そらみみ / Wikimedia Commons

部屋にいてもじっとしていられなくなった語り手は、日が暮れかかる銀座の目抜き通りへ出て、北へと歩いていく。まわりの店や行き交う人々は、罪や不安とは無縁であるかのように軽やかに見え、それがかえって彼自身の憂欝を深めていく。雑誌などを積み上げた本屋にふらりと入り、何気なく手に取った子供向けのギリシャ神話の本。その中の一行が、思いがけず彼を打ちのめす――だが、それがどんな一行だったのかは、芥川自身も明かしていない。

銀座通り――この区間の正式名称は中央通り――は、今も東京を代表する繁華街であり続けている。もっとも、1920年代の小さな書店の並びは、とうの昔に百貨店や旗艦店に置き換わってしまった。作中では書店の名前が明かされていないので、特定の一軒というより、あの散歩の舞台となった通りそのものとして訪れるのがいいだろう。

その3:丸善日本橋店――歯車が再び現れた場所

丸善日本橋店が入る日本橋丸善東急ビル
写真: Asanagi / Wikimedia Commons

『歯車』の中で、芥川が実名のまま登場させている場所は丸善だけだ。名物だった赤煉瓦造りの日本橋店――洋書売場のあった二階を含む――は1910年に完成していたが、1923年の関東大震災後の火災で焼失しており、丸善が本格的な建物を再建したのは戦後になってからのことだった。1927年4月当時そこに何が建っていたにせよ、語り手はその場所でストリンドベリの『伝説』を書棚から見つけ、自分の経験とあまりに近いことに落ち着かなくなる。スウェーデンの劇作家であるストリンドベリ自身、被害妄想に苛まれていた時期にこの本を書いていた。続けて手に取ったドイツで出版された精神病者の画集には、歯車の顔をした人物の絵が並んでおり、それは今まさに彼の視界に割り込んでくるものと重なり合う。

次に手にした、何度も読み返してきた『ボヴァリー夫人』では、その退屈しきった中産階級の夫に自分自身の姿を重ねてしまう。その後たどり着いたポスターの展覧室で、一枚のポスターに動揺させられる――翼のある竜を騎士が刺し殺す図柄だ。「竜」という漢字は、芥川自身の名――龍之介――にも使われている文字であり、語り手はその偶然を振り払うことができない。

丸善は1870年にこの地に店を構えて以来、日本橋で書店を営み続けている。もっとも、建物自体は芥川が訪れて以降、戦災による焼失などを経て、幾度か建て替えられている。現在の店舗は日本橋丸善東急ビル内にあり、日本橋のたもとから歩いてすぐの場所で、今も本を売り続けている。

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著者について

「日本近代文学の父」とも称され、新人作家に贈られる日本最高峰の文学賞、芥川賞にその名を残す。晩年の作品『歯車』は、1927年に自殺する数週間前に書き上げられたもので、当時彼を蝕んでいた妄想をほぼそのまま記録したような作品である。

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