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芥川龍之介関東東京

芥川龍之介『歯車』の舞台、銀座・日本橋を歩く文学紀行

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芥川龍之介『歯車』の実在の舞台を辿る。日比谷の帝国ホテル、銀座通り、そして作中に実名で登場する日本橋の丸善。

最初は視界の端に現れるだけだ。半透明の、くるくると回る歯車。まっすぐ見ようとすると、消える。それがまた現れ、また消え――やがてどこまでもついてくるようになる。

芥川龍之介『歯車』(はぐるま)の語り手が経験するのは、まさにこれだ。彼はごく普通の東京の一夜を歩く。ホテル、人混みの目抜き通り、書店。だが彼にとって、そのどれ一つとしてもう普通ではない。行き交う人々は妙に楽しげに見える。街全体が、彼の知らない何かを知っているように思えてくる。

夕暮れの銀座通りを北へ歩いてみると、その気配の一端を今も感じられる。何かがすぐそこまで迫っている、あの低いざわめきのような感覚だ。芥川がこの作品を書いたのは、命を絶つ直前の数週間のこと。物語はほとんど正体を隠そうともしていない。語り手が幾度も戻るホテル、思わぬポスターに動揺する書店、視界に割り込んでくる歯車そのもの――そのどれもが、その年の7月に自ら命を絶つ、芥川自身の最後の日々から直接取られている。

この記事では、物語の中心にある短い徒歩ルートを辿る。芥川がその春に滞在したホテル。不安を募らせながら歩いた通り。そして、幻影が再び彼を襲った書店だ。

その1:帝国ホテル(日比谷)――歯車が初めて現れ、芥川自身の危機が頂点に達した場所

東京都千代田区日比谷にある帝国ホテル東京
写真: Ons / Wikimedia Commons

『歯車』は、語り手が知人の結婚披露宴に間に合わせるため、避暑地から自動車と汽車を乗り継いで東京へ急ぐ場面から始まる。疲れと苛立ちを抱えながらホテルへの最後の道のりを歩いているとき、視界の端に妙なものが見える。半透明の、絶えず回り続ける歯車――物語全体を通して繰り返し現れる幻影の、最初の一つだ。

語り手はホテルに部屋を取り、幾日も精神をすり減らしながら、街への短い外出を挟みつつこの部屋へ戻り続ける――作中では、まさにこの部屋で今読んでいるこの手記を綴っていることになっている。義理の兄が季節外れのレインコートを着たまま、汽車に轢かれて死んだという知らせが届くのも、この部屋でのことだ。

芥川の実際の義兄も、その年の1月、放火の疑いと借金の絡んだ事件のさなかに同じように汽車に轢かれて亡くなっている――芥川自身が命を絶つ6か月前の出来事で、単なる事故というより自ら死を選んだとする見方もある。だが伝記研究者がたどるかぎり、実際の義兄の死に関する当時の記録にレインコートという細部は出てこないという。これはどうやら芥川自身の心が付け加えたもので、だからこそ物語の中で幾度も語り手につきまとうのかもしれない。

その春、帝国ホテルが芥川にとって持っていた本当の意味は、フィクション以上のものだった。じっくり立ち止まる価値がある事実だ。多くの伝記によれば、ちょうどこの作品を書き上げていたのと同じ時期、彼は自分の身近にいた女性――多くの資料で平松麻素子と記されている――と、帝国ホテルで一度ならず心中を図ろうとしている。だがそのたびに、麻素子は思い直して事が起こる前に逃げ出した。

そのことを頭に入れてロビーに立つと、このホテルはもはや物語の「舞台」ではなくなる。語り手の目に架空の歯車が現れるより前、この本を書いた本人に、現実の、ほとんど耐えがたい出来事が二度も起こりかけた場所なのだ。

語り手はホテルの名を明かさないが、これは帝国ホテルだとされている。当時はまだ、フランク・ロイド・ライトが設計した1923年竣工のあの本館だった。その建物は今はもうない。1968年に解体され、印象的な正面玄関部分は解体後、遠く離れた愛知県犬山市の博物館明治村に移築・復元された。それでも帝国ホテルという存在自体は途切れることなく続いており、その後の建物が今も同じ日比谷の地に立ち続けている。日比谷公園の向かいだ。

その2:銀座通り――薄暮の中を歩いた道

銀座四丁目交差点から見た中央通り(銀座の目抜き通り)
写真: そらみみ / Wikimedia Commons

部屋にいてもじっとしていられなくなった語り手は、日が暮れかかる銀座の目抜き通りへ出て、北へと歩いていく。まわりの店や行き交う人々は、罪や不安とは無縁であるかのように軽やかに見え、それがかえって彼自身の憂欝を深めていく。雑誌などを積み上げた本屋にふらりと入り、何気なく手に取った子供向けのギリシャ神話の本。その中の一行が、思いがけず彼を打ちのめす――だが、それがどんな一行だったのかは、芥川自身も明かしていない。

銀座通り――この区間の正式名称は中央通り――は、今も東京を代表する繁華街であり続けている。もっとも、1920年代の小さな書店の並びは、とうの昔に百貨店や旗艦店に置き換わってしまった。作中では書店の名前が明かされていないので、特定の一軒というより、あの散歩の舞台となった通りそのものとして訪れるのがいいだろう。

その3:丸善日本橋店――歯車が再び現れた場所

丸善日本橋店が入る日本橋丸善東急ビル
写真: Asanagi / Wikimedia Commons

『歯車』の中で、芥川が実名のまま登場させている場所は丸善だけだ。名物だった赤煉瓦造りの日本橋店――洋書売場のあった二階を含む――は1910年に完成していたが、1923年の関東大震災後の火災で焼失し、芥川が訪れた1927年4月には、丸善はすでに同じ場所に建て直されていた。

店内で語り手はストリンドベリの『伝説』を書棚から見つけ、自分の経験とあまりに近いことに落ち着かなくなる――スウェーデンの劇作家であるストリンドベリ自身、被害妄想に苛まれていた時期にこの本を書いていた。この書店で語り手を待っているのは、こうした薄気味悪い符合が三つ。一つひとつが、前のものより重くのしかかってくる。

続けて手に取ったドイツで出版された精神病者の画集には、歯車の顔をした人物の絵が一面に並んでおり、それは今まさに彼の視界に割り込んでくるものと重なり合う。次に、何度も読み返してきた『ボヴァリー夫人』を手にすると、その退屈しきった地方の夫に自分自身の姿を重ねてしまう。

その後たどり着いたポスターの展覧室で、もう一つ動揺させられるものに出会う。翼のある竜を騎士が刺し殺す図柄のポスターだ。「竜」という漢字は、芥川自身の名――龍之介――にも使われている文字である。まるで物語が作者自身に仕掛けた、もっとも残酷な冗談のようにも読める。目の前のそのポスターを前に、語り手はその偶然を振り払うことができない。

これこそが、物語全体の急所とも言える瞬間だ。書店の展覧室に置かれた、たった一枚のポスターに仕込まれている。今日その同じ展覧室の前に立ったなら、少しの間そこで足を止めてみる価値がある――語り手自身は、最後までそれができなかったけれど。

丸善は1870年にこの地に店を構えて以来、日本橋で書店を営み続けている。もっとも、建物自体は戦災による焼失などを経て、幾度か建て替えられている。現在の店舗は日本橋丸善東急ビル内にあり、日本橋のたもとから歩いてすぐの場所で、今も本を売り続けている。

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著者について

「日本近代文学の父」とも称され、新人作家に贈られる日本最高峰の文学賞、芥川賞にその名を残す。晩年の作品『歯車』は、1927年に自殺する数週間前に書き上げられたもので、当時彼を蝕んでいた妄想をほぼそのまま記録したような作品である。

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