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井伏鱒二中国広島

井伏鱒二『黒い雨』ゆかりの地をめぐる — 広島・神石高原町

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『黒い雨』の原型となった実在の日記をたどる旅。広島平和記念公園から、その日記を綴った被爆者が生まれた中国山地の小さな町・神石高原町まで。

『黒い雨』(くろいあめ)は、井伏鱒二が1966年に発表した小説です。舞台は1945年8月、原爆投下後の広島。主人公の男性は、姪が被爆したという噂を打ち消したいと考えています。噂のせいで、姪の縁談がまとまらずにいるからです。彼は日記の形で、その顛末を記録していきます。

作品はほぼ全編が日記形式で構成されていますが、この記録的なつくりは単なる文学的技法ではありません。井伏はこの小説を、まったくの創作ではなく、実在する被爆者の日記をもとに書き上げているのです。

他人の日記をもとにした小説

井伏自身は、原爆投下当時に広島にいたわけではありません。ですから『黒い雨』は、このサイトで紹介している他の作品のような自伝的な小説ではないのです。

作中の日記部分には、元になった資料が二つあります。一つは被爆者・重松静馬の実際の戦時中の日記。もう一つは、軍医・岩竹博による記録です。井伏がこの日記の存在を知ったのは、重松との釣り旅行がきっかけでした。1965年1月、井伏は雑誌『新潮』で「姪の結婚」という題名で小説化を連載し始めます。そして同じ年のうちに、タイトルを『黒い雨』と改めました。

立ち寄り先1: 広島平和記念公園 — 日記が描いた世界

小説の日記部分は、1945年8月6日以降の広島が舞台です。実在の重松静馬自身も、爆心地から北へ約2キロの横川駅付近で被爆しました。

今日、その歴史に最も近づける場所が広島平和記念公園です。園内にある原爆ドームは、かつての広島県産業奨励館の焼け跡。爆心地近くに、恒久的な記念として保存されています。あわせて訪れたいのが広島平和記念資料館です。原爆投下とその後の実態を、詳しく伝えています。

立ち寄り先2: 神石高原町・小畠 — 日記を書いた人物が生まれた場所

実在の重松静馬は、山あいの集落・小畠(こばたけ)で生まれました。現在の神石高原町にあたる場所で、後年もここで暮らしています。広島県内ではありますが、岡山県境に近い立地です。広島市中心部からは遠く離れた、静かな山間の地域です。

重松の生家の近くには、つつじが丘公園があります。園内の文学碑には、小説の一節が刻まれています。「戦争は嫌だ 勝敗はどちらでもいい 早く済みさえすればいい」。

近くには地域資料館「志麻利(しまり)」もあります。井伏の直筆原稿、井伏と重松が並んで写る写真、二人の間で交わされた書簡、『新潮』連載時の誌面コピーなど、小説にまつわる資料が約50点展示されています。

旅の実用メモ

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著者について

井伏鱒二にゆかりの地