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太宰治『人間失格』ゆかりの地をめぐる — 東京・三鷹と鎌倉

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太宰治が実際に入水を図った鎌倉の岬から、本作を書き上げ、眠る三鷹まで — 『人間失格』の舞台となった東京と鎌倉の実在の場所を辿る。

No Longer Human

No Longer Human

Osamu Dazai

The poignant and fascinating story of a young man who is caught between the breakup of the traditions of a northern Japanese aristocratic family and the impact of Western ideas. Mine has been a life of much shame. I can’t even guess myself what it must be to live the life of a human being. Portraying himself as a failure, the protagonist of Osamu Dazai’s No Longer Human narrates a seemingly normal life even while he feels himself incapable of understanding human beings. His attempts to reconcile himself to the world around him begin in early childhood, continue through high school, where he becomes a “clown” to mask his alienation, and eventually lead to a failed suicide attempt as an adult. Without sentimentality, he records the casual cruelties of life and its fleeting moments of human connection and tenderness. Still one of the ten bestselling books in Japan, No Longer Human is an important and unforgettable modern classic: “The struggle of the individual to fit into a normalizing society remains just as relevant today as it was at the time of writing.” (The Japan Times)

『人間失格』は太宰治の代表作です。日本近代文学の中でも、屈指のベストセラーとして知られています。太宰が愛した東北の故郷を懐かしく描いた『津軽』とは対照的な作品です。

『人間失格』はほぼ全編が都会を舞台にした、容赦のない告白の物語です。ある青年がアルコールと薬物に溺れ、孤立していく様を、三冊の手記という形で綴っています。1948年夏、雑誌『展望』で連載が始まりました。太宰はその年の5月に原稿を書き上げています。ですが最終回が読者の手に渡る前の6月、太宰は自ら命を絶ちました。同じ太宰のもう一つの代表作『津軽』では、この作家のまた違った一面が描かれています。愛着ある故郷への郷愁です。

本ガイドでは、本作と太宰自身の人生に最も深く結びついた、二つの実在の場所を辿ります。一つは、物語で最も暗い場面の背景となった鎌倉の海岸。もう一つは、本作を書き上げ、太宰が眠る東京・三鷹の街です。

「手記」という形式で語られる物語

物語は、葉蔵という青年が書き残した三冊の手記という体裁を取っています。前後を、まったく別の語り手による短い「はしがき」と「あとがき」が挟む構成です。あとがきの語り手は、東京中心部の京橋にあるバーで手記を見つけ出します。そのマダムが十年以上保管していたものです。葉蔵の友人・堀木は、浅草の出身として登場します。どちらの街にも、太宰ゆかりの施設が特にあるわけではありません。ですが東京都心を訪れるついでに立ち寄るには、雰囲気のある寄り道になるでしょう。

立ち寄り先1: 小動岬(鎌倉) — 物語の転機となった岬

物語の重要な転機となる場面があります。葉蔵はバーの女給・常子とともに、鎌倉の海で入水自殺を図るのです。生き残るのは葉蔵だけでした。これは、太宰の完全な創作ではありません。1930年11月、当時21歳の大学生だった太宰は、銀座のバーの女給で19歳の田部シメ子とともに、鎌倉・腰越にある小さな岬小動岬で睡眠薬を大量に服用しました。田部は死亡し、太宰は生き残ります。ですが、罪に問われることはありませんでした。

小動岬は今も残っています。文学的なゆかりを抜きにしても、訪れる価値のある場所です。七里ヶ浜と腰越海岸の間に突き出た小さな岬で、先端には小動神社があります。展望台からは、江の島を望むことができます。

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立ち寄り先2: 東京・三鷹 — 本作が書かれ、太宰の人生が終わった場所

太宰は1939年から1948年に亡くなるまで、東京西部の住宅地・三鷹に暮らしました。この時期は、太宰の創作活動が最も充実していた時期です。『人間失格』と『津軽』は、どちらもこの地で生まれました。原稿を書き上げてから数週間後、太宰はこの町を流れる玉川上水で入水します。そして生涯を終えました。三鷹駅から徒歩圏内には、この一連の物語をたどれるいくつかの場所があります。

旅の実用メモ

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著者について

紀行文『津軽』では、生家のある金木から、幼い頃の太宰を育てた「たけ」と再会した小泊まで、青森県北部の故郷を辿る旅の道のりが描かれている。

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