
太宰治『人間失格』ゆかりの地をめぐる — 東京・三鷹と鎌倉
太宰治が実際に入水を図った鎌倉の岬から、本作を書き上げ、眠る三鷹まで — 『人間失格』の舞台となった東京と鎌倉の実在の場所を辿る。
「恥の多い生涯を送って来ました。」――『人間失格』は、おおよそこんな一行から始まる。そしてその調子は最後まで緩まない。ある青年がアルコールと薬物に溺れ、名づけようのない孤立へと滑り落ちていく――これは筋書きというより、告白だ。太宰が愛した故郷を懐かしく描いた『津軽』が、この作家の最も温かい一面を見せているとすれば、『人間失格』はほぼ全編が都会を舞台にした、容赦のない一冊だ。
太宰は1948年5月に原稿を書き上げた。その年の6月、雑誌『展望』での連載がまだ途中のうちに、自ら命を絶った――読者が最終回にたどり着くよりも早く。太宰治の代表作であり、日本近代文学でも屈指のベストセラーとして知られている。
『津軽』を辿るガイドと合わせて読むと、同じ作家の別の顔が見えてくる。本ガイドでは、本作と太宰自身の人生に最も深く結びついた、二つの実在の場所を辿る。一つは、物語で最も暗い場面の背景となった鎌倉の海岸。もう一つは、本作を書き上げ、太宰が眠る東京・三鷹の街だ。
「手記」という形式で語られる物語
物語は、葉蔵という青年が書き残した三冊の手記という体裁を取っている。前後を、まったく別の語り手による短い「はしがき」と「あとがき」が挟む構成だ。あとがきの語り手は、東京中心部の京橋にあるバーで手記を見つけ出す。そのマダムが長年保管していたものだ。このガイドを読み進める上で覚えておきたいのは、葉蔵はあくまで一人の登場人物であって、太宰自身ではないということ――物語が太宰の人生から多くを借りている場面でも、それは変わらない。
立ち寄り先1: 小動岬(鎌倉) — 物語の転機となった岬

物語の重要な転機となる場面がある。葉蔵はバーの女給・常子とともに、鎌倉の海で入水自殺を図る。生き残るのは葉蔵だけだ。これは、太宰の完全な創作ではない。1930年11月、当時21歳の大学生だった太宰は、銀座のバーの女給で19歳の田部シメ子とともに、鎌倉・腰越にある小さな岬小動岬で睡眠薬を大量に服用した。
田部は死亡し、太宰は生き残った。罪に問われることもなかった。太宰はその夜を、生涯抱え続けることになる。そしてそれは形を変え、物語の最も暗い転機として蘇る。
小動岬は今も残っていて、文学的なゆかりを抜きにしても、訪れる価値のある場所だ。七里ヶ浜と腰越海岸の間に突き出た小さな岬で、先端には小動神社、展望台からは江の島を望むことができる。柵の前に立てば、そこにあるのはただの海――穏やかで、特に変わったところもない、夕暮れにカップルが集まるような景色だ。今の景色と、かつてここで起きたことの間にある落差。それを少しの間、噛みしめてから先に進みたい。
作中では具体的な地名までは書かれておらず、「鎌倉の海」とだけ記されている。ここは作中に描かれた場所そのものというより、その背景にある実在の現場として訪れる形になる。
- アクセス: 江ノ電・腰越駅から徒歩すぐ。
- 知っておきたいこと: 可能であれば夕暮れ時に。江の島越しの光が、この一帯が――重い歴史ごと――人を惹きつける理由の一つだ。
立ち寄り先2: 東京・三鷹 — 本作が書かれ、太宰の人生が終わった場所

太宰は1939年から1948年に亡くなるまで、東京西部の住宅地・三鷹に暮らした。太宰の創作活動が最も充実していた時期であり、『人間失格』と『津軽』は、どちらもこの地で生まれている。
原稿を書き上げてから数週間後、太宰はこの町を流れる玉川上水で入水した。晩年の数年間を共に過ごした女性、山崎富栄とともに。三鷹駅から歩いてすぐの範囲に、書いた場所、亡くなった場所、そして眠る場所――この一連の物語をまるごとたどれる場所が点在していて、急がなければ2時間ほどで巡れる。
- 太宰治文学サロン — 三鷹市下連雀3-16-14。三鷹駅南口から徒歩数分。直筆原稿の複製や初版本、三鷹時代の写真などを展示。文学散策ツアーも毎月開催されている。
- 玉川上水・風の散歩道 — 太宰と山崎富栄が入水した用水路。現在は、三鷹駅南口から吉祥寺方面へ続く木陰の遊歩道になっている。遺体が発見された場所の近くには、玉鹿石という石碑が置かれている。
- 禅林寺 — 三鷹市下連雀4-18-20。拝観無料。太宰の墓があり、遺体が発見された6月19日には毎年「桜桃忌」という追悼行事が営まれる。
- 三鷹電車庫跨線橋 — 駅西側から徒歩すぐ。太宰が好んで訪れた場所。晴れた日には、車両基地の向こうに富士山を望むことができる。
禅林寺は最後に取っておきたい。太宰の墓はここにあり、本人の遺志により、自身がずっと敬愛してきた作家・森鴎外の墓と向き合う形で建てられている。
墓が向き合う先は鴎外の墓――生涯抱き続けた敬意が、墓石の向きという単純な形に落ち着いている。
その選択を説明する案内板はなく、必要もない。実際に目の前に立つことでしか伝わらない類の細部だ。
全ルートをGoogleマップで見る旅の実用メモ
- 訪問に適した時期: 鎌倉は夏の週末に混み合う。平日やオフシーズンに訪れると、小動岬は静かに巡れる。6月19日の「桜桃忌」に関心がある場合は、禅林寺がいつもより賑わうことを想定しておきたい。
- 拠点にする街: 東京都心であれば、どちらへも行きやすい立地。ただし鎌倉と三鷹は一日で回るのではなく、別々の外出として考えたい。東京を挟んで反対側にあり、両者を直接結ぶ交通手段もない。三鷹は中央線で新宿から一駅感覚、鎌倉は横須賀線で1時間ほど。それぞれ単独で、半日〜1日の行程として十分楽しめる。
- 言葉について: このルート沿いの主要駅は英語表記も充実している。ただし文学サロンや禅林寺、遊歩道の石碑といった小さなスポットは表記が心もとないこともあるので、翻訳アプリを用意しておくと安心だ。
- 作品そのものについて: 標準的な英訳はドナルド・キーンによるもので、New Directions社から刊行されている。
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