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谷崎潤一郎『春琴抄』ゆかりの地をめぐる — 大阪・道修町

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谷崎潤一郎『春琴抄』の背景にある、実在の大阪の薬種問屋街を辿る。今も物語の舞台を石碑で伝える神社もあわせて訪ねる。

春琴抄

春琴抄

谷崎潤一郎

盲目の三味線師匠に仕える佐助の、愛と献身を描いた物語。大阪の薬種問屋の娘琴は才があり美しかったが九歳で失明し、手代佐助に引かれて琴三絃の稽古に通ううち、たちまち頭角をあらわし衆にぬきん出る。二十一歳のとき春琴は弟子のひとりに熱湯をかけられ美貌が傷つけられたと思い込む。佐助は彼女の面影を脳裡に永遠に保持するため、自分で自分の目をつぶして盲目の世界に入る。

『春琴抄』は、谷崎潤一郎が1933年に発表した中編小説です。大阪の裕福な薬種問屋の家に生まれた、盲目の琴・三味線の名手、春琴。そして、彼女の生涯の付き人であり弟子であり、事故で顔に傷を負った春琴の姿を、二度と見ないことを自ら選んだ人物、佐助。この二人を描いた作品です。谷崎は物語全体を、『鵙屋春琴伝』という古い伝記的な小冊子をそのまま語り直したもの、という体裁で組み立てています。出典の信頼性に疑問を投げかける、脚注のような挿入まで添えて。この仕掛けはあまりに説得力があったため、発表後、読者から谷崎のもとに、物語終盤で描かれる二つの墓の所在を尋ねる手紙が届いたと伝えられています。

実在の問屋街を舞台にした架空の小冊子

谷崎は、『春琴抄』が自伝的な作品であると主張したことはありません。ですが、実在する具体的な場所に、物語をしっかりと根ざしています。物語の中で、春琴は道修町の薬種問屋・鵙屋(もずや)の次女として紹介されます。道修町は、単にもっともらしく響くだけの架空の地名ではありません。江戸時代から、大阪の実際の薬種問屋街であり、全国の薬局に商品を供給する問屋が軒を連ねてきました。そして今もその役割を担い続けています。研究者の中には、春琴自身にも部分的な実在のモデルがいたと指摘する人もいます。谷崎が師事していた、地歌三味線の師匠の、盲目の娘です。

立ち寄り先1: 少彦名神社(道修町) — 物語を伝える石碑

道修町の氏神である少彦名神社は、今もオフィスビルが立ち並ぶ街の中に鎮座しています。薬の神様を祀る神社で、中国の医薬の神・神農にちなみ、地元では「神農さん」の愛称で親しまれています。境内の入口右手には、『春琴抄』冒頭の一節を刻んだ石碑があります。神社が根ざすこの土地と、谷崎が描いた架空の鵙屋一族とを、物理的に直接結びつけるものです。同じ入口の左手には、谷崎の直筆原稿の複製を展示したこともある「くすりの道修町資料館」があります。

立ち寄り先2: 旧小西家住宅(道修町) — 物語が想像した商家

鵙屋の家そのものと確認された建物はありません。ですが、神社から一区画離れた場所にある「旧小西家住宅」は、道修町でその世界を最も直接的に感じられる建物です。1903年、小西家の薬品商——現在のコニシ株式会社の前身——のために建てられました。この通りに残る数少ない商家建築の一つで、戦災の空襲と1995年の阪神・淡路大震災の両方をほぼ無傷で乗り越え、現在は国の重要文化財に指定されています。

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